2006.10.01
雪国だけの豊かな資源を活かしたい!長岡技術科学大学 植村靖司先生
高度経済成長真っ只中、貧しいけれど元気だった昭和30年代。電気冷蔵庫や電気洗濯機、テレビが一般家庭に広がり、街の風景も、人々のライフスタイルも大きく変わり始めた時代です。最近ではそんな昭和30年代の人々の暮らしを描いた映画が大ヒットしたり、当時の街並みやモノをテーマにした観光スポットやミュージアムが全国各地に登場したり、ちょっとした「昭和レトロ」ブームが続いています。
さて、そんな魅力いっぱいの昭和30年代ですが、新しい生活様式が広がる中で急速に失われていったものも少なくありません。そのひとつに、雪の冷熱利用があります。特に雪国と呼ばれる地方では、電気冷蔵庫や冷凍庫の急速な普及の一方で、昔から使われていた雪室や氷室などの文化が消えていきました。そして現在。地球温暖化防止等の環境側面から、新たな技術を切り口とした雪の冷熱利用に再び熱い視線が注がれています。新潟県主催で行われた雪冷熱エネルギーセミナーの会場で、長岡技術科学大学助教授の上村靖司先生に伺いました。
「新潟では、古くから雪の冷熱を利用していました。たとえば、酒の発酵の粗熱取り、あるいは養蚕などです。山の北斜面に掘った穴に雪を入れ、藁を被せておけば夏までもつといわれ、明治時代には、少なくとも新潟県内の32町村に60ヶ所以上の雪室があったといわれています。雪の冷熱を夏に活用する先人の知恵でした。
長岡地方では、昭和30年代まで、「雪しか」という雪山も作られていました。高さ13m、一辺が30m以上、重量3,500トンの雪山で、これに苫(とま)をかけて断熱します。夏、カチカチになった雪山から氷を切り出し、オート三輪に乗せて売り歩く姿は夏の風物詩だったようです。」
雪冷房の家、実証試験中!
2002年、国は新エネルギーとして、バイオマスと共に雪氷冷熱を追加。新潟や北海道などの雪国で研究が進められています。上村先生の研究室では雪氷工学の観点から、豪雪地帯特有の高床式戸建て住宅を使い、地階部分に約30トンの雪を貯蔵。これを夏の冷房に利用する実証テストを3年計画で行っています。
「電気エネルギーを1加えた時、どれだけの熱エネルギーを取り出せるか、その指標をCOP(Coefficient of Performance)といいます。一般的な冷凍機がCOP3。最新のPAMエアコンでCOP5ぐらいです。ところが、雪を利用した冷房ではCOP10 という高効率も可能だといわれています。新たに冷熱を作り出すのには大きなエネルギーが必要ですが、既に冷えている空気や水を動かすだけなら、使うエネルギーはずっと少なくて済むからです。現在実証テスト中の利雪住宅は、冷えた空気を動かす冷風循環方式です。暖かくなった部屋の空気を直接雪室内の雪に接触させ冷やします。
この時空気中の湿気が雪表面で結露して除湿され、同時に、雪が濡れたフィルターの役割を果たすので、埃やタバコの煙、アンモニアやホルムアルデヒド等の水溶性の化学物質が取り除かれます。冷やされ、湿度が下がり、きれいになった冷風が再び部屋に送り込まれるしくみです。」
雪冷熱は、雪国の暮らしをプラス思考に変えていく。
優れた効果を発揮する雪冷熱ですが、課題も多いと上村先生。設備コストや、雪を集めたり貯めたりする作業の手間。雪が降るのは冬、使いたいのは夏という利用時期のズレ。熱エネルギーが大量に必要なのは都市部、雪がたくさん降るのは山間部という場所のミスマッチ。また、 1トン(約2立方メートル)の氷の持つエネルギー量は灯油10リットルに過ぎず、エネルギー密度が低いため貯蔵には大きなスペースが必要です。
「今後、画期的な技術が開発されない限り、利雪は採算の合う事業ではありません。ただ、採算が合うことが全てではない。たとえば太陽光発電は、この10年間に発電コストが1/5まで下がりましたが、それでも原子力発電のコストに比べれば5倍も高い。にも関わらず、日本は太陽光発電で世界No.1の普及率を誇り、総発電量は原子力発電所1基分にも相当します。採算以外にメリットがあれば普及は可能です。
では、雪冷熱のメリットとは何か。 除湿され化学物質も除かれたきれいな冷房で快適だったりという快適性・利便性の向上があるでしょう。あるいは、自然エネルギーを効果的に活用し環境負荷の軽減に貢献していく、という意義もあるでしょう。 しかし、一番大きな価値は「雪国の気候風土に生きることに誇りを持てる」という意識改革だと考えています。 新潟は世界的な豪雪地帯。だからこそ、雪を嫌いになるのではなく、雪を自慢できるようにしたい。除雪で出来た大きな雪山を見て、こりゃ大変だ、と思うか、凄い量の資源がある、と見るか。そこの意識を変えていくところから始めたいのです。」
雪国らしさを発揮した暮らし。独特の気候風土と地場産業との融合。いかにして雪冷熱利用のムーブメントを「雪だるま式」に増やしていくか、それがこれからの課題ですとおっしゃる上村先生。雪を誇れる文化の創造に向けた取り組みに今後も注目です。
上村靖司(かみむらせいじ)先生プロフィール
1966 新潟県北魚沼郡川口町生まれ
1988 長岡技術科学大学工学部卒
1990 同大学院工学研究科創造設計工学専攻 修士課程修了
1990 同工学部助手
1998 博士(工学)長岡技術科学大学
1999 小山工業高等専門学校 機械工学科 助教授
2001 長岡技術科学大学 機械系 講師
2006 長岡技術科学大学助教授 (社)日本雪氷学会(社)日本機械学会 日本自然災害学会 他
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