2006.06.01
バイオテクノロジーは、限りない可能性を持っています。 富山大学理学部生物圏環境科学科 中村省吾先生
「科学、化学、工学…様々な分野でキーワードになっているバイオテクノロジー。環境技術の分野でも研究や応用が進んでいます。今回お話を伺ったのは、富山大学理学部生物圏環境科学科の中村省吾教授。微生物を使って有害な化学物質や汚染現場を浄化するバイオレメディエーションや、生物を使って環境中の汚染状況の有無や度合いを調べるバイオアッセイの研究に取り組まれています。
ナホトカ号事故から始まった研究
「バイオレメディエーションの研究を始めたのは、1997年のナホトカ号重油流出事故がきっかけです。もともと遺伝学や細胞学をやっていましたが、そこで単細胞藻類や細菌類に出会ってからずっと微生物の研究を中心にしていました。そこにあの事故が起きた。座礁現場は福井県の三国町沖でしたが、流れ出した重油はここ富山を含め、日本海側の広い地域を汚染することになりました。
残念なことに当時私は体調を悪くしていまして、現場に行くことがかないませんでした。ただ、現場近くにいるのだし何か出来ないかと思い、現地に赴いた友人から、海上の油や海岸に流れ着いた油を採取して送ってもらったんです。この重油を分解する菌を見つけようと思ったのです。
現在海洋の油汚染環境から見つかるのは、アルカニボラックス菌が大半です。ただ、このアルカニボラックス単一ではどうしても能力に限界があります。アルカニボラックスに別の菌を足してやるともっと活性があがる、というのがわれわれが見つけた複合系というもので分解能力が2倍3倍にあがる場合もあるんですよ。
バイオレメディエーションはもともと、米国のシリコンバレーで有機塩素類が大量に漏れ出して汚染された土地を修復するとか、石油の掘削現場で広範囲に原油が漏れ出してこれをきれいにする、ということから始まったと思います。
学問的に注目されたのは1989年にアラスカで起きたバルディズ号重油流出事故ですね。重油が付着した鳥の映像に世界中の人々が衝撃を受けましたよね。あの事故の際、汚染浄化技術として、バイオレメディエーションが使われました。現場にある菌の増殖を活性化させる肥料をまいて浄化したんです。いわゆるバイオスティミュレーションですね。」
-バイオアッセイについては、ムール貝、学問的にはムラサイキイガイと呼ばれる貝を使って研究されていますね。
「ムラサキイガイをはじめとするイガイ類は、世界中の海に繁殖する貝なので、調査対象として適しているんですね。岸壁などにびっしり鈴なりになっているのをご覧になったことがある方も多いんじゃないでしょうか。イガイ類は海水のろ過能力がとても高い。ということは、海水中の汚染物質をどんどん体の中に貯め込んでいく性質があるということです。その性質を利用して、蓄積した汚染物質をモニタリングすることで、汚染度合いを計測するのです。」
-ムラサキイガイを使って、熱ショックタンパクを使ったバイオアッセイの研究もされていますね。
「熱ショックタンパク(ヒートショックプロテイン)は、ストレスタンパクの一種です。生物の周囲の温度が上昇すると、体内のタンパク質の立体構造が変わり活性が失われ本来の働きができなくなってしまう。そのため、これを抑えるタンパク質が作られます。これがヒートショックプロテインです。ヒートショックプロテインは熱だけではなく、重金属や化学物質の作用によっても作られることがわかってきて、これを利用して環境中の汚染状況を調べるのです。ただ、ストレスタンパクの一種ですから、我々が貝を採取する、それだけでも貝にとってはストレスなんです。また、海水が温かくなるだけでもストレスになります。自然環境中のものはそういう意味でちょっと不安定なんですね。ですから、バイオアッセイ用の貝は研究室で受精して増やし初期が一定のものを野外に持ち出して、重金属がどれくらいたまる、ストレスタンパクがどれくらい出る、ということを調べようとしています。」
様々な技術を結集した浄化システムへ
-微生物を扱うだけに、研究室での実験と、自然環境にさらされる現場とでは反応や効果が異なるケースも多いのではないでしょうか?
「バイオレメディエーション全体にいえることですが、まず現場を知ることが非常に重要だと思います。研究室でどれだけ能力の高い菌であっても、実際の汚染現場で効かなければ意味がありません。自然界が相手ですから、現場毎に状況が違ってくる。やはり、現場の評価というのがとても大切です。そうした難しさの解消手法として、現場環境の集団解析という方法があります。メタゲノムなどといわれていますが、現場にいるバクテリアのDNAを全部抽出し、そのDNAを元にどんな菌がどれくらいいるかの割合を調べる方法があるのです。この集団解析法が今進歩していて、たとえば研究室で能力の高い菌を発見した際、それを現場に投入した場合どれくらい菌が増えていくかというのがDNAレベルでわかっていきます。
研究目標として、浄化の現場に適した製品を開発していきたいと考えていますが、複合菌のセットと、菌の栄養になるもののセット、あるいは酸素や水を送り込む装置、そういうもののシステムを、汚染現場の状況に合わせて組み合わせて提供する。油汚染現場にはこれとこれとこれ、下水処理にはこれ、有機塩素系だったらこれという風にです。富山大学では、地球科学、化学、工学など、様々な研究者が海洋汚染や浄化に関する学内のプロジェクトに参加しています。いろんな技術を結集して、現場に適応した微生物組み込みの製品=浄化システムを提供していきたいと考えています。
いずれにせよ、バイオレメディエーションはまだ黎明期、これからの分野です。たとえばコンクリートの腐食の現場には必ずバクテリアがいます。鉄が錆びる、そこにもバクテリアがいる。今まで想像もしていなかったところで、バクテリアが触媒のような働きをしていて、反応を加速させていますが、これも視点を変えればひとつの可能性です。まだわからないことはたくさんありますが、それだけに魅力的な分野といえるでしょうね。」
中村 省吾先生略歴
1951年 神戸生まれ
1975年 岡山大卒
1977年 岡山大院修士修了
1980年 名古屋大院博士修了
所属学会/日本環境毒性学会・日本水環境学会・環境バイオテクノロジー研究会・日本水処理生物学会・日本微生物生態学会・日本藻類学会・日本内分泌攪乱化学物質学会・日本動物学会
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