2006.04.01
樹木は、未来へ伝えていく宝もの。~樹木医 佐藤賢一さん~
「この世は未来の子どもたちからの預かりもの」 ミヤマのホームページやTVCMでお伝えしているメッセージです。より良い環境を未来へと受け継いでいきたい、そうした思いと共に様々な分野で活躍されている方がいらっしゃいます。今回ご紹介するのは、樹木医の佐藤賢一さん。平成3年に創設された樹木医の資格を直後に取得、以来樹木医の草分けのお一人として郷里新潟県の樹木保護にあたられてきました。3月下旬、県の天然記念物に指定されている大ケヤキの治療現場でお話を伺いました。
樹の医者になりたい!
「学生時代、病んだ樹木を治療する『樹医』の存在を知って、ああ、そういう仕事もあるのか、自分も樹の医者になりたい、と思ったのが発端ですね。大学では林学を専攻していました。樹の医者になるからには樹の病気、樹病を学ばないと始まらないのですが、当時の大学には、樹病の研究室がないんですね。
どこか紹介してください、と紹介状を書いてもらった先は、目黒の林業試験場(現在の森林総合研究所)の研究室。実は、当時私が住んでいた寮は、この林業試験場の中にあったんです。住まいも勉強の場も一箇所に集約されてしまいました(笑)。結局この樹病研究室で2年間みっちり学びました。樹木医としての活動の原点ですね。」 お話の途中、「先生、お願いします!」と声がかかり、大ケヤキの治療が再開されました。
この日行なわれるのは、腐った上部を切断する外科的な治療。ところが、チェーンソーのエンジン音が響きいざ切除が始まろうとすると、地元の方から「待った」がかかります。予め説明はしていても、いざ伐るとなると、関係者の気持ちは複雑です。樹に寄せる思い、決定することの重圧や次代への責任。様々な思いが治療の現場では交錯します。佐藤さんの説得でようやく切除が始まりました。
「樹木医として大切なのは、まず、その治療は何のためにするのか、なぜその部分を伐り取らなくてはならないのか、いわゆるインフォームド・コンセントですね、これを関係する皆さんにしっかり行なうことです。地域の皆さんにとってはかけがえのない樹ですからね。それでも今日のように現場で再度お話しする場面も出てきますが。今、たくさんの樹に関わらせてもらっていますが、樹木の臨床例は、人間の場合に比べれば絶対的に少ないでしょ。だから、診断や治療をした後、これでよかったのか、これがベストな方法だったのかと自問することもあります。樹木の症状は、実に複雑怪奇です。今は一つでも多くの臨床データを得て、次の治療へと活かしていくことが大切だと考えています。」
(C) 伊那市高遠町観光協会
地域全体で守っていく。
樹木医の仕事は、治療だけではない、と佐藤さんはいいます。治療後の樹木をケアする体制作りは最も大切なことの一つ。佐藤さんは、樹の治療が終わると必ず地元の皆さんに「守る会」を組織していただくよう働きかけています。「せっかく元気になったのだから、それを維持できるようにケアしてもらうのです。それは、樹木医の仕事というよりは、樹の身近にいらっしゃる地元の皆さんにやっていただくべきだと思うんです。たとえば、肥料です。樹には、肥料をあげるのにもっとも適した時期、というのが1年の中にかなりのピンポイントであるんですね。その時期に施肥すると、意外に少ない肥料でも効いて樹も元気になる。ところが、この時期を外してしまうとだめです。
極端にいえば、施肥してもしなくても同じくらい。それ位、タイミングが大事なんですね。 こうしたことは地元のみなさんにやっていただく。そして、樹と地域の方々との接点が増えていけば良いですよね。」
「濁り酒?」を噴き出した将軍杉。
長寿の巨樹巨木が多いといわれる新潟県で、佐藤さんが関わっている樹は数多い。中でも、杉としては屋久島の縄文杉を上回る日本一の太さを誇り、国の天然記念物に指定されている阿賀町(旧三川村)の「将軍杉」との出会いは不思議なものでした。
「1995 年、将軍杉の樹勢調査中、幹のコブのあたりからほのかに甘い香りが漂ってくるのに気づきました。最初は、飲み残しの濁り酒でも使ったイタズラではと思ってましたが、観察すると、幹の内部から湧き出てくるのです。なめてみると甘く、発酵した酒味のような複雑な香りがします。アルコール濃度は1.5%。醸造試験場によると、噴き出した直後であればもう少し濃度は高いだろうとのことでした。
実は、杉の老木から「濁り酒」が噴き出す、という例は過去にも幾つかあります。母親が飲むとお乳の出がよくなるなどと言われたそうですが、その一方で、「噴き出すのは、その樹が弱っている証拠」という伝承もあって、事実、「濁り酒」を噴き出した老木はいずれもやがて枯れ死んだり傷んで伐倒せざるを得なくなっています。なぜこうしたことが起きるのか、メカニズムは今も不明です。樹の内部の空洞部に溜まった水に空気中の酵母菌等が入り込み発酵するのか、あるいは、様々な微生物が分泌する酵素などで樹木のセルロースが分解してアルコール発酵して糖化するのか・・・。樹木には私たちが知り得ない不思議がまだまだたくさんあるのです。」
樹を愛する子どもたちを増やしたい。
近年、地震や水害、大雪と、度重なる自然災害に見舞われた新潟県。災害で倒れたり、致命的な損傷を負ってしまった樹木も少なくありません。そうしたものの回復事業も樹木医としての仕事の一つです。
「中越地震被災地の女の子が書いた作文があります。大好きな自分の町の樹が地震で折れたり倒れたりするのを見て、将来、樹木医になって樹を元通りにしようと決心する作文でした。読みながら涙が出てきました。今診ている樹の中には、これから何百年も生き続けるものも少なくありません。樹を守る、という行為は、何世代にも渡って続けられなければならない。だから、樹が好きな子どもたちを増やしていきたい。今、子どもたちとの活動も行なっています。これも、樹木医の仕事なのかも知れませんね。」
樹を植える人、間伐する人、そして治す人。身近な樹や森は、放置しておくのが自然なのではなく、人が「手入れ」をすることではじめて豊かな植生を保ちます。里山、鎮守の森、桜並木・・・私たちを癒し元気づけてくれる、樹のある美しい風景を未来に伝えていくために、私たちに出来ることはまだまだたくさんあるのかも知れません。
佐藤賢一先生略歴
1951年 新潟県村松町(現五泉市)生まれ
1974年 東京農業大学林学科卒業
1974年 新潟県林業公社(現農林公社)に勤務
2003年 有限会社 佐藤樹木医事務所 開業
主な役職・所属学会等 日本樹木医会新潟県支部長/日本樹木医会北陸地区協議会会長/樹木医学会評議委員/新潟県森林審議会委員/日本森林学会/日本樹木医会/樹木医学会/根の研究会
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