2005.05.01
ダチョウに夢、託して。~畜産業で里山再生~
長野市街から北に車で15分ほど、緩やかな起伏の続く中山間地が広がる長野市芋井(いもい)地区。山腹に層を成す棚田と点在する民家の佇まい。絵のように美しい里山の風景です。ここ芋井に、地域振興事業としてダチョウ牧場を開かれたのは、元信州大学工学部教授の武井たつ子さん。終戦直後、家族と共に芋井に移住。信州大学工学部の助手時代(1984年)に武井学術振興会を設立、芋井出身の高校生たちに奨学金を送る等の支援をされてきました。2000年に大学を退官された後も、武井さんの頭を離れなかったふるさと芋井への想い。過疎化で荒れていく田畑、住民の高齢化…そんな中で出会ったのがダチョウでした。
-先生にとって、芋井は少女時代を過ごされたふるさとですね。
終戦直後、家族と共にここに移り住みました。農地解放で土地を失い、新しい土地を開墾するところからのスタートでした。そんなでしたから、子供の目には、実りの豊かな他の農家の田畑が羨ましくてね。光り輝いてみえたものです。
-ところが、そのまぶしかった田畑の多くが、今では、荒れ果ててしまったり、遊休農地になってしまっています。
それを目の当たりにして、何とかしなくちゃ、と思いました。信州大学農学部の唐沢学部長先生のダチョウの講演を拝聴し、芋井のような中山間地ででき、高齢者が生きがいと共に収入も得られる産業として、ダチョウはいける、と直感しました。ちょうどその頃、同級会があって、ダチョウ牧場を開きたいのでお手伝いしてくれる人いないかしら、と提案すると、やってもいいよ、と手を挙げてくれた同級生がいて、場所も確保できました。そこで、武井学術振興会の第二の事業として、2004年の7月にダチョウ10羽を購入して、芋井の上ヶ屋に「芋井ダチョウ牧場」を開設しました。
-ダチョウは、鶏肉以上にヘルシーで、今、注目されているようですね。
そうです。ダチョウの肉は病気がなく、脂肪やコレステロールが少なく、鉄分が多くたんぱく質が豊富な、素晴らしい特性を持っています。畜産業としても、飼育が比較的簡単で、同量の飼料に対して得られる肉の量は牛等に比べるととても高い。皮はオーストリッチだし、羽の需要もある。その他身体中が商品価値を持っている。繁殖力も旺盛です。成鳥は年に40個も卵を産むんですよ。それと同時に、高齢者が飼う喜びも得られると思ったの。ねっ、可愛いでしょ。田畑の牧場で餌を待つダチョウに毎日会いに行く、それが高齢者にとって心の安らぎや励みになります。
-今後の抱負を聞かせてください。
豊かな里山を持つ芋井の人達が、自分たちの食べるお米や野菜を、お店で買ってくるようにはしたくない。自分の食を自分の土地のもので賄える豊かな生活をこれからも続けて欲しい。ダチョウが入っていくことで、使われなくなっていた農地が牧場として再生し、動物を飼う喜びと収入を得てもらいたい。これまであるものとバランスよく共存していって欲しいですね。
ダチョウ牧場を見学に来る地元の人も多いんですよ。「傾斜地でも育てられますか?」なんて具体的な質問もいただくし。卵を産むようになったら孵化も手がけて、雛を地域の皆さんにお分けして、芋井のあちこちに小さなダチョウ牧場ができていって欲しいですね。また、芋井の文化と、北信では初めてのダチョウ牧場の見学等を組み入れたトレッキング観光コース(芋井地区の自然と文化を訪ねて)も4月から始めたいと考えています。
3月上旬、まだ雪の残る牧場では、ダチョウたちがクリッと愛らしい瞳に旺盛な好奇心をのぞかせながら迎えてくれました。昨年7月、芋井にやってきた時は 80cmだった体高が今や2m近く。彼らの子孫が、里山の美しい風景に溶け込む日も遠いことではないのかも知れません。
武井たつ子氏 プロフィール
1935年東京都文京区小石川生まれ。57年信州大学文理学部卒業。高校教諭、中学教諭を経て、63年信州大学工学部助手。79年工学博士号取得、94年助教授、98年工学部初の女性の教授となる。武井学術振興会会長として育英奨学制度実施(長野市芋井、上高井郡高山村)。また長野県技術アドバイザーを始め地域活動にも取り組まれている。
主な受賞:1994年電気科学技術奨励賞(オーム技術賞:非水溶液からの金属めっき及び燃料電池用高触媒能酸素還元電極の開発)、1999年IBA- ITE研究賞(国際電池材料学会-国際技術交流協会研究賞:環境科学に貢献)、1999年日本工学教育協会賞(工学・工学教育の振興と普及に寄与した貢献)女性第一号
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