2004.06.01
都市と山村の交流が、森林を再生させる。 森林レクレーションの第一人者、東京農業大学 地域環境科学部 宮林茂幸教授にお話をうかがいました。
山を良くして地域を活性化させる。森林レクレーションの第一人者、森林政策学を専門とする東京農業大学 地域環境科学部 宮林茂幸教授にお話をうかがいました。
日本の山は荒れている!
-ご専門は森林政策学ということですが、それは具体的にどんな学問でしょうか?
森林を持続的に保全し、健全に管理するための方策を考え、森林と国民生活や生産の適正な関係を保つことを追究する学問です。「山」を良くして地域に産業を起こす。森林を活用して、いわゆる「村おこし」、「地域振興」を行うことも研究対象です。日本の国土の約7割が森林と聞くと、なんて自然豊かな国なんだろうと思うでしょう?しかし、その多くは間伐や保育ができない荒れた状態です。国産材の価格は、安い外材に押され低迷しています。そして木材が売れなければ、間伐などの森林管理が行えず山が荒れ、産業も衰退、農山村からの人口流出が起こります。当然、林業従事者も減るわけです。こういった悪循環が、日本の「山」を苦しめているのです。
-そこで先生の出番というわけですね?
私は、長野県信州新町の出身です。遊ぶというと山へ行くか、川へ行くかという大自然に恵まれた環境で育ちましたから、東京へ出てきて「山」は林業だけに頼っていては難しいのではないか?ということに気づいたのです。1970年代の中頃、日本はレクレーションブーム、都市の人の関心は「遊び」にあり、「山」は木材生産に執着していましたから、双方のニーズを合体させた「森林レクレーション」を考えたのです。現在幅広い意味で使われているレクレーションという言葉ですが、本来自然と関わりながらリフレッシュすること。つまり狩りやキャンプ、スキー、トレッキング等を指します。しかし私たちはそれだけでは満足せず、プラスαを求めるようになります。そのプラスαが自然環境だったり、体験を通しての遊びではないかと思うのです。もともと私のレクレーション論は、レクレーションをすることが目的ではなく、レクレーションをツールとして地域を発展させる「村づくり」が基本です。その「村づくり」に体験を加え、都市の人を山へ呼び、森林管理や山仕事などの体験をしてもらう。すると、農山村にはお金が落ちるようになる。例えば、お土産や宿を提供するなどの経済循環が生まれるわけです。
-なるほど、両者のメリットをうまく生かした手法ですね。
森林管理という体験を行えば、自然と直に触れ合い、大切さを学べます。そして、この体験は森林保全になり、荒れた日本の山を一部だけれど回復させることができる。同時に体を動かすので、健康増進にもなりますよね。森林というのはすぐに成長するものではありませんから、自分が手入れを行った森林は何十年もそこにあるわけです。植林をしたなら、枯らさないために何度も通うようになるでしょう。すると徐々に、その農山村の生活文化や慣習にも触れることができ、都市の人は農山村にある自然や文化のホンモノを直接体験できるのです。農山村の人々も、お土産として自分の畑の作物を直接評価し買ってもらえること(顔の見える販売)で、ますますやりがいも出るというわけです。
水を良くして、山を良くする。
-長野県のみどり湖で、いかだによる水質浄化の様子をテレビで拝見しましたが。これも先程の山づくりのお話と関係があるのでしょうか?
もちろん関係しています。それは「いかだ式湖沼浄化システム」と言って、すべて天然素材で作った水質浄化装置なのです。まず、間伐材と竹でいかだを組みます。ここに、炭を乗せて水質浄化能力の高い水性植物(葦や花菖蒲)を植えて、湖沼に浮かべるというシステムです。いかだと炭に使う間伐材は、その湖沼の地域のものを買い取り使用します。間伐材というのは、木材価格も安く、使い道が少ないためなかなか売れないのです。間伐材を利用すれば、森林管理も進みます。そして、炭を大量に使用するため炭焼きも産業として成り立つと考えます。荒廃が心配されている竹林の竹材も利用します。もちろん、水性植物もその地域で調達すればいいですよね。私たちの仕様書では、浄化装置費用約30万円のうち約20万円は地域に落ちる試算になっています。このいかだを100基浮かべることになれば、産業になるでしょう。他にも企業による湖沼浄化を行っていると聞きますが、費用も100万円以上かかり、地域にお金が落ちるシステムづくりは難しく、しかも自然に負荷を与えるビニールやプラスチック製が多いようです。
-「いかだ式湖沼浄化システム」は森を救い、水を浄化する、そして地域経済も活性化させるすばらしいシステムですね。
いかだも、浮かべて終わりというわけではありませんよ。湖沼が浄化されて、何年か経ったら今度は、岸や河口に引き上げてもらおうと思っています。汚れた水は河から入ってきますから、二重のフィルターの役割も果たしますし、コンクリートで固められた護岸に新たなサンクチュアリーを作ることができるでしょう。水性植物は、水質を悪くするリンや窒素、空気中の二酸化炭素を固定することで生きています。ですから新たな生態系ビオトープ形成の役割も果たします。これを見てください。水鳥の卵です。私たちが予想した以上の効果が出ているのです。また、水性植物の根は小さい魚の棲みかとなり、魚や昆虫の種類も増え、釣り人も訪れるようになるでしょう。
-環境教育のフィールドにもなりそうですね。
私たちができること。
水源である上流域の森林を整備するのに、下流域の人と協力する。多摩川の上流域の森林を下流域の人と共に管理をしようという企画(森林再生プロジェクト)をしました。水源を守るため、水源地域の森林管理を行うという動きもみられます。都市の人は、森林や自然に対して非常に関心を持つようになってきました。年に何回もこのような森林管理体験の企画をし、参加者を募るのですがすぐにいっぱいになってしまう盛況ぶりです。しかし、ただ森林管理体験をすればいいというものではありません。専門家による森林診断を行い、現状を踏まえた上で、その森林の目的や管理方法などをその地域の人々と議論し、管理の方向を決めることがポイントなのです。
-他にはどんな事業を行ってらっしゃるのですか?
東京都世田谷区と群馬県川場村の縁組をして、交流事業のお手伝いをしています。縁組から約20年たちましたが、10年目に森林管理や森林レクレーションを行う、友好の森事業をはじめ、その中に山づくり塾を企画しました。これは、国民参加の森づくりのモデルにもなりました。塾の卒業生にはリーダーやボランティアをしてもらう。また、世田谷区の小学校62校全ての五年生が2泊3日で川場村に移動教室に行っています。もちろん、子供たちが森林レクレーションをし、楽しむだけではありません。期間は4月から11月までにおよび、この事業の他にリンゴのオーナー制やジャムづくり、蕎麦打ち、和紙造形など多様な体験事業があり、それらによって川場村もずいぶん活性化しました。このような活動による地域活性化が、どんどん広がっていくよう、皆さんのご参加お待ちしています。
-本日は、貴重なお話ありがとうございました。
漁師さんが、海にそそぐ川の上流に木を植えるという話を聞いたことがあります。自分が生活する場所だけで、生かされていると考えてはいけないですよね。自分の住む場所に森林がなくても、非常に大きな恩恵を受けているはずです。先生のお話に共感し、一人でも多くの方がこのような企画に参加して、山を良くして地域を活性化させることができたらいいと思います。
■プロフィール:宮林茂幸(みやばやししげゆき)先生
1953年長野県生まれ 東京農業大学教授 農学博士 地域環境科学部森林総合科学科森林政策学研究室 東京農業大学図書館長 東京農業大学「食と農」の博物館長 日本林学会会員、林業経済学会理事、林業経済研究所理事、大日本山林会理事、日本ナショナルトラスト協会理事、日本緑化センター理事、せたがやトラスト協会理事、利根川上下流連携支援センター理事長、東京都森林審議会委員などを務める。 『森林レクリエーションとむらおこし・やまづくり』など著書多数。
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