2003.12.01
氷河時代の野尻湖の環境を復元 信州大学名誉教授 酒井潤一博士にインタビュー
長野県の野尻湖、ときいて皆さんはなにを連想されますか?学校の教科書にも掲載されているナウマンゾウの発掘、を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
1962年から始まった野尻湖の発掘調査は、多くの一般市民が参加する発掘スタイルでも有名で、これまでに延べ2万人の方々が参加されているとか。
今回は、この発掘調査に長年関わられ、92年から99年にかけては発掘調査団団長として指揮を執られた信州大学名誉教授の酒井潤一先生を、野尻湖畔にある野尻湖ナウマンゾウ博物館にお訪ねしました。
化石が語る古代の野尻湖の環境
-先生は、ナウマンゾウやオオツノジカといった動物の化石のみならず、花粉やケイソウ等の植物化石、あるいは旧石器時代の石器等を含め、野尻湖の総合的な環境について数多くの研究をされていらっしゃいますが。
私たちはナウマンゾウなどが生きていた時代の環境を明らかにしようと様々な研究をしてきました。 ここでいう「環境」とは、気候や植物の種類、動物、あるいは周辺の山々の火山活動まで含んだ総合的な環境をいいます。
-発掘調査や発掘物の研究によって、どのようなことが明らかになってきたのでしょうか。
いくつかありますが、たとえば、花粉等の化石によって野尻湖の環境の変化に関する研究で大きな成果をあげることができました。花粉やケイソウなどの化石はいろんなことを教えてくれます。たとえば、ナウマンゾウなどが生きていた時代は氷河時代で、一般的には現在より寒いイメージがありますよね?確かにとても寒い時代もありましたが、逆に現在より暖かい時代もあったことが判っています。そうした気候の変化を100年単位で語ってくれるのがこうした化石なのです。さらにいえば、当時の日本海の海流の様子、あるいは当時の特徴的な気圧配置などまで議論する材料が出てきます。
-化石からそんなところまで判るとはびっくりです。
実は、野尻湖は、化石が大変良好に保存されている、国内ではまれにみる遺跡なんですよ。日本の土は基本的に酸性です。こうした中に骨や植物が埋まった場合、普通であればやがて溶けてしまいます。ところが、野尻湖の湖底では化石が地層に埋もれて酸素から遮断されていたために貴重な化石が保存されたのです。
ナウマンゾウは日本列島を移動していた?
ひとつ面白いお話をしましょうか。これは現時点ではあくまでも推測ですけれども...ナウマンゾウは、ここ野尻湖に定住していたわけではないということです。寒い冬は温暖な関東平野で過ごし、春から秋にかけてはここ野尻湖や、あるいは日本海に面した新潟県の上越地方まで移動していたかも知れないのです。
-えっ!冬は暖かい東京で暮らし、夏は涼しい野尻湖で避暑しながら、気が向けば日本海で海水浴...ゴージャスな暮らしぶりですね!(笑)
あははは。冗談はともかく、今申し上げたようにかなりの距離を移動しながら1年を過ごしていたと思われる理由がいくつかあるのです。 まず、食物の問題です。冬の寒い時期に、野尻湖周辺でナウマンゾウがその巨体を維持する程多くの食糧を確保することは難しいように思われます。食料を確保するため、寒くなると温暖で雪も少ない関東平野まで移動したかも知れません。実際、長野県東部の上田や群馬県ではナウマンゾウの化石が見つかっています。碓氷峠を越えて関東へ移動していたのかもしれませんね。当時の人間も、ナウマンゾウを追って、移動生活をしていた可能性が大きいわけです。
-ナウマンゾウがそれほど広範囲を移動していた可能性が化石から判るとは、想像するだけでワクワクしてきますね! さて、先ほど先生は化石を通して総合的な環境を研究していらっしゃるとおっしゃいました。今、様々な環境問題が人類共通の課題として顕在化していますが、先生から提言をいただけますでしょうか。
重要なことは、自然や地球の成り立ちを知らずして、それらを守ることは出来ないということです。知らないことが時として、木一本、草一本刈ってはいけないという極端な自然保護思想になってしまう場合もあるからです。人手が加わることで破壊されてしまう自然もあれば、人手を加えなくては守れない自然もあるのです。将来科学者にならなくても、野尻湖発掘で小さい時から土に触れて、科学の体験をする事は、自然の仕組みを理解するきっかけになっていくのではないでしょうか。
-貴重なお話ありがとうございました。これからもますますお元気でご活躍ください。
■プロフィール/酒井潤一(さかい・じゅんいち)
1936年生まれ 理学博士、
野尻湖発掘調査団団長(1992~1999)
信州大学名誉教授
研究分野は、第四紀層位学、古気候学
著書:昭和59年長野県西部地震による地盤災害と御岳山南麓の第四系(共著)、氷河時代と人類(共著)
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