2003.10.01
長野県自然保護レンジャー 中川泰次さんインタビュー
蝶の保護に情熱を注ぐ日々。
長野県鬼無里村。同村の代表的な観光地である奥裾花自然園は、80万本を超えるミズバショウ、樹齢数百年のブナやトチの原生林などで知られます。今回はこの地で景観サポーター、自然保護レンジャーとして活躍されている中川泰次さん(75歳)にお話を伺いました。
-景観サポーター、自然保護レンジャーとして、鬼無里の豊かな自然を紹介されていらっしゃいますが。
鬼無里村の奥裾花自然園で案内ボランティアをしています。長野県から自然保護レンジャーを委嘱されていますが、実際のところ、自分の使命は蝶の保護にある、と考えています。 ご存知のように、今、様々な要因で生態系が破壊されつつあります。この生態系破壊の速度をいかに遅らせるか、蝶がここからいなくならない手立てを一所懸命考えています。 ほら、今ここにも蝶が飛んできたでしょう。この蝶は、10年後も同じようにここを飛んでいるでしょうか?もしかしたら、いなくなってしまうかも知れない。そうならないようにしたいものです。鬼無里には約124種類の蝶がいますが、私には、その全てが絶滅に近い状態にあるように思えます。
-この豊かな自然を見ていると、絶滅に近い、とは大変ショッキングです。それほど生態系は微妙なバランスの上に成り立っている、ということなのですね。 ところで中川さんは、その124種のうちのひとつ、特にこの地方固有のクモマツマキチョウの、鬼無里での発見者でいらっしゃるそうですね。
クモマツマキチョウは、戸隠山系、信州北部と新潟に近い山に固有の蝶です。 モンシロチョウに似ていますが、少し小さい。このあたりには、前羽の褄(つま)が黄色いところから命名されたツマキチョウがよく飛んでいますが、それとは異なります。雲の間(クモマ)からひらひらと舞い降りてくる様子をみて、クモマツマキチョウと私が勝手に名づけたのは昭和28年、鬼無里村でのことでした。 その後、図鑑に掲載され、広く好事家にまで知られるようになってしまいました。
-クモマツマキチョウは、その愛らしい姿と希少性で、蝶のコレクターの間でとても人気があるようですね。
図鑑に掲載されたことで戸隠山系に棲息することが知れ渡り、採集されるようになってしまいました。現在、村の条例では罰金が取れません。ですからみな採られてしまいます。毎日見回りをしながら、採集する方に「とらないでください」とお願いしてします。お願いするしかないのが現状なのです。
-採集によって個体が減少していくわけですね。
採集による蝶そのものの減少がひとつ。もうひとつは、幼虫が食べる草、食草が人為的に刈り取られてしまうことです。 たとえば、クモマツマキチョウの幼虫はミヤマハタザオという植物を食べますが、こうした食草が、単に邪魔だからと刈られてしまうことが少なくありません。農家の方たちが農作物を育てる上で支障があるから刈る、というのは判ります。しかし、単に邪魔だからと刈られてしまうのはとても残念なことです。 今、私の足元にもこうして露草が生えていますが、露草は露草なりに花を咲かせています。どんな草や花も、意味があってそこに根を張り花を咲かせます。人間にとって意味がないからと、むやみに刈り取ってしまうのはどうかと思います。
-人間からの視点だけではなかなか思い至れないかも知れませんね。人間には何の価値も見出せないものが、実は他の生物にとっては生きていく上で不可欠なもの、という場合すらあるわけですから。蝶の視点に立って初めて見えてくるものがあるのですね。
今、長野県では「希少野生動植物保護基本方針」という案が検討されていますが、自然の中に生まれてきた生き物のひとつに過ぎない私たちに、果たしてこの大自然に棲息する動植物を保護することが本当に出来るのだろうか、と正直なところ思ってしまいます。 ただ、その一方で嬉しいこともあります。平成元年にこちらへ来て15年になりますが、最近では、地元の建設業の皆さんまでもが、タモ(補虫網)を持った人に、"採らないでくれ"と言ってくださるようになりました。これはとてもありがたいことです。そんな村の方たちの協力に対して、私でお役に立つのであれば、と、地元の小学校や中学校へ伺っています。子供たちと話すのは大変楽しいですよ。そんな毎日です。
「今日もこれから小学校へ行って、子供たちと話をするんですよ。」とにこやかに微笑まれる中川さん。蝶の視点から生態系の問題をとらえ、活動していく中川さんの姿勢に、多くの学ぶべきところを感じました。 蝶に寄せる中川さんの思い、蝶保護の情熱は、地域の人々や子供たちとの交流によってさらに広がっていくことでしょう。
■プロフィール/中川泰次さん
1928年、金沢市郊外に生まれる。生家は浄土真宗のお寺。
昭和二十年、当時、日野農林学校教師であった写真家の田渕行男さんから初めてギフチョウを見せてもらったのが蝶との出会い。51年金沢大学教育学部卒業、同大学理学部研究員となり、生態調査や研究材料の収集で糸魚川・姫川流域から白馬、戸隠連峰まで歩き回った。小・中・高校の教諭を勤めながら蝶との遊びを続ける。また、蝶に関する雑誌などに陰ながら加わる。
定年退職を機に静岡県清水市から長野県鬼無里村へ移住。現在、長野県より景観サポーター、自然保護レンジャーを委嘱されている。
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