2001.04.01
『地球派市民のまち―循環型社会をめざして』開催される。
3月29日、ワールド・ウォッチ研究所理事長レスター・ブラウン氏を長野市に招き、フォーラム『地球派市民のまち 循環型社会をめざして』が開催されました。当社も協賛いたしましたこのフォーラムには、環境問題に熱心な市民や産業界から数多くの聴講者が詰め掛けました。今回は、レスター・ブラウン氏の基調講演と、各界のパネラーを交えての公開討論からなる当フォーラムの様子をダイジェストでご紹介します。
レスター・ブラウン
ワールドウォッチ研究所理事長。
1934年、米国ニュージャージー州生まれ。米農務省国際農業開発局長を経て74年、ワールドウォッチ研究所を創設。「地球白書」は世界28カ国で翻訳されている。
レスター・ブラウン氏基調講演
16世紀の半ば、ポーランドの天文学者コペルニクスは、地球が太陽の周りを回転している、という革新的な論文を発表し、新しい世界観を示しました。今まさに、同じようなパラダイム・シフト、世界観の切り替えが必要ではないでしょうか。経済学者の間では『環境は経済の一部』というのが主流の見方ですが、現実は逆です。『経済こそ環境の一部分を構成している』に過ぎないのです。私たちが直面する問題の多くは『環境は経済の一側面でしかない』という見方によって起きてしまっているのです。
過去50年間で、世界の経済規模は6倍に成長し、人口も倍増しました。その結果、環境とのミスマッチ、アンバランスを生じています。漁業資源や森林面積の減少、砂漠の拡大、地下水位の低下、異常気象。私たちはグローバル経済を再編成し、地球の生態系とバランスがとれるよう挑戦しなければなりません。これは巨大なプロジェクトですが、その必要性は、中国でこの数十年間に起きたことをみれば明らかです。目を見張るような経済成長を遂げている一方で、天然資源や水、森林、燃料などに影響が出ています。
1994年、中国政府は、自動車産業の育成や、自動車による公共交通網を発展させる政策を発表しました。中国の各世帯がアメリカや日本のように車を1、2台ずつ保有するようになれば、燃料消費量は膨大になりますが、世界にそれだけの石油はありません。
世界各地で起こる異変
氷が融けたり、地下水位が下がるなどの異変も、世界各地で起きています。ノルウェーの科学者は昨年、今後50年で、北極海の氷は夏の間全くなくなるかもしれない、と警告しました。ヒマラヤやロッキーなど世界の山脈でも雪が融け始めています。
グリーンランドの氷河が全て融けると、海水面は世界中で7メートル上昇します。世界銀行は、海水面が1メートル上昇すれば、バングラデシュはほとんど水没する、と発表しています。このように、地球温暖化は、瑣末な問題ではないのです。にもかかわらず、ブッシュ米政権は残念ながら、温室効果ガスの排出削減を義務付けた『京都議定書』から事実上の離脱を表明しました。
今後、経済の進歩を望むならば、経済の仕組みを再編成しなければなりません。化石燃料ではなく風力や太陽、地熱、さらには生物系資源をエネルギー源に、交通手段は自動車中心ではなく、鉄道をベースにする社会に改めなくてはなりません。真新しい原料を加工し、廃棄物を生み出す直線的な仕組みであってはならないのです。
エコ経済ともいうべき仕組みは、既存の技術で十分に打ち立てることができます。実際、過去10年間で世界の風力発電量は毎年24%ずつ増えており、デンマークでは総発電量のうち13%を風力が占めるまでになりました。米国でも風力資源の調査が進んでおり、ノースダコタなど3州で風力を充分に生かせれば、米国全体の電力市場を賄えることが明らかになっています。
さらに、風力発電の一部を使って水を電気分解すれば水素ができます。水素は、自動車業界が開発にしのぎを削っている燃料電池に使われます。つまり、風力は新しい水素経済の礎ともなるのです。問題は、気候変動が人類の手に負えなくなる前に進められるか。これがかぎになります。
ゼロエミッションに向かって
もうひとつ、大切な考え方が、『物質の循環=ゼロエミッション』です。米国の業務用大手カーペットメーカーは、契約期間の品質を保証し、磨耗したら工場へ持ち帰って新しい製品に作り替え届けるビジネスを始めました。カーペットではなく、サービスを売り始めたのです。コピー機会社の中にも、使えなくなった機械をリサイクルしているところがあります。デンマークでは再利用できない飲料用容器の使用を禁止しました。
この方法だと、廃棄物は埋立地に行きません。これは新しい経済のモデルといえるでしょう。持続可能な経済、世界の生態系と共存できる経済とはどういうものかを、こうしたところから私たちは思い描くことができるのです。
現在の経済は、企業も政府、消費者も、市場からのシグナルに頼って投資や消費をしています。そこで問題になるのは、市場が必ずしも真実を伝えていない、ということです。
ガソリン1リットルの価格を例に挙げてみましょう。石油を汲み上げて精製し、運搬する費用は反映しているが、大気汚染に伴う医療費の増加や、酸性雨被害などにかかる費用は入っていません。こうしたコストも価格に転嫁できるようにすることが求められます。
そのためには、環境に悪影響を与えるものに課税するよう税制を変えることが必要です。化石燃料を使う、新品の原料を使う、有害な廃棄物を出すなど環境に害のある活動には課税するのです。
また、森林皆伐や、地下水位を下げるようなかんがい設備設置など、環境に害を与える事業への補助はやめるべきです。
グローバル経済の再構築は同時に、最大の投資の機会にもなります。現に風力発電の部品の製造、設置に投資している企業は成長しているのです。現状維持の企業は負けます。
私たちにはチャンスがあります。グローバル経済を変える時間があまり残っていないことを意識しながら取り組むことが必要でしょう。
公開討論
ブラウン氏の基調講演に続き、長野県環境保全協会会長茅野実氏、セイコーエプソン取締役地球環境室長橋爪伸夫氏、国連大学プロジェクトマネージャー鵜浦真紗子氏、そしてコーディネータの東京大学農学部長林良博氏にブラウン氏を交えた公開討論が行われました。
茅野会長は、ブラウン氏の基調講演を受け、「私たちは19世紀から、地球という微妙なバランスの上で成り立つ生態系の中で、化石燃料を掘り出して、地球の生態系の回復速度に見合わない速さで燃やし、今、生態系を崩しています。人間の智恵が生態系に反することをしているのです。環境への影響が一番大きいのは企業活動です。これまでは、昨日より今日、今日より明日が大きくなれば幸せ、という拡大型経済でやってきましたが、地球は有限で、無限の拡大はあり得ません。幸せとは何か、豊かさとは何かを問い直し、循環型社会に向けてみんなで考えていく必要があります。」
また、橋爪地球環境室長は、自社の環境活動について次のように述べられました。
「セイコーエプソンは1988年、世界に先駆けた形で、フロンレスを推進するためにオゾン層破壊物質削減の目標を設定し、92年に達成しました。社内に「無理だ」との声もありましたが、高い目標を掲げて努力すれば達成できる、という企業の文化が、この時根付きました。
99年に環境方針を改訂し、資源の産出から廃棄まで、環境への負荷を低減した製品を出荷しています。製造プロセスでは、使用エネルギーの総量抑制や温暖化物質の削減、輸送段階での負荷の低減を目指す、などが具体的な内容です。
昨年11月からは、国内で法人向けのプリンター、パソコンの回収・リサイクルを始めました。部品を供給してもらう企業についても、その性能だけでなくその過程で出てくる廃棄物をどう処理するかを含めて取り組んでもらっています。」
鵜浦氏は、ブラウン氏から問いかけのあった『今、環境について行わなければならないことと、実際に行われていることの差が拡大し続けている。時間がなくなる前にどうやってこの差を縮めたら良いか?』に対して、「三つのPを提案します。一つはパラダイム・シフト。ものごとの捉え方を変えていくということです。二つ目はパートナーシップ。あらゆるネットワークを、さらにネットワーク化して広く情報を共有するということです。そして三つ目が実は一番重要で、パッション(情熱)です。この不況の中、環境問題の解決に向け力強く進んでいくためには、これなくしては不可能だと思います。」
90分に及ぶディスカッションの中では、パネリスト諸氏による様々な提言がなされました。討論の最後、鵜浦氏は「20世紀はみんなが頑張った『競争』の時代だったが、結局は行き詰まリました。21世紀は共に創る『共創』をめざしたいものです」と提言されました。
爆発的な生産と廃棄活動が繰り返される中、膨大な負の遺産が蓄積した20世紀。しかしこの負の世紀には、『共創』の今世紀を創り上げて行くためのシーズ(種子)も数多く蒔かれました。レスター・ブラウン氏が『エコ経済の仕組みは、既存の技術で十分に打ち立てることができる』と語られたように、新たな経済システムを構築するための萌芽は既に始まっているのではないでしょうか。総合環境企業として、こうした萌芽を大きく育てていくサポートをしていくことこそ、私たちの使命なのでは、と感じたフォーラムでした。
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